夢竜住まいし精神世界2018-06-16 Sat 23:18
ここはゴルダの精神世界上に作られた談話室。
いつもは1人なのだが、クェムリーヴェスがやってきてからは2人でこの空間を共有している。 魂にくっ付いている関係上、クェムリーヴェスが単体で具現化できるのはこの世界の中のみ。 「しかしなんでまた君はあんな仕事を受けたんだい?」 「受けようが断ろうが、面倒ごとになることは目に見えていたから受けた。結果的には断ったほうが面倒ごとは少なかったが」 精神世界上でのみ面と向かって話せるため、ゴルダとクェムリーヴェスの会話は毎日こんなものばかり。 たまにゴルダがやっているゲームの話や料理の話などもするのだが、大抵は仕事に関する話が多い。 「ま、いいけどさ。君らしいといえば君らしいし。でも受ける仕事は考えた方がいいよ?異界だとそこの警察とかの世話になりかねないし」 「中国に依頼で行ったときの話か?あの時は口止め料で高くついたな」 ゴルダはウォッカ片手に、クェムリーヴェスはジンライムを片手にそれぞれ話をしている。 今日の談話室は暖炉に火はついておらず、窓から見える空は快晴の月夜。 「ところでさ、君も気づいてると思うけどさっきから君と僕以外の気配がするんだよね。少なくとも見知ったものじゃない」 ゴルダのグラスに入っていた氷が溶け、カランと音を立てた瞬間。 クェムリーヴェスが耳をかすかに動かしてそんなことを呟く。 「口には出さんかったが、確かにもう1人いるな。俺とお前くらいに精神属性が強い」 クェムリーヴェスの一言にゴルダはグラスをテーブルへ置き、ソファから立ち上がる。 今のところ敵意は感じられないが、隠しているだけの可能性もあるため油断はならない。 「誰かは分からんが、入り口の前に突っ立ってないで入ってこい」 「ええ、そうさせてもらいますわ。でも、どうしてここでも飲んだくれているのかは存じ上げませんか」 皮肉のようにも聞えるようなことを言いつつ、水色を基調とした竜が扉を開けて談話室へと入って来る。 「君、夢竜だね。闇竜の国が消えたと同時に精神世界へ肉体ごと旅立ったとされる」 夢竜。 精神属性への適性が極めて高いとされる闇竜の一種族であるが、かの闇竜国アルヴァスが国としての概念を消したと同時に 肉体ごと精神世界へ移住し、この世界から姿を消したとされる。 一部の夢竜はこの世界へ残り、現在も暮らしているとのことだが真相は不明。 なぜなら、あのシアですらも夢竜たちの動向を把握しきれていないからだ。 「よくお分かりで、でも無理もないかしら。あなたも精神属性と闇属性の使い手のようだし」 夢竜は意外と大きい右手を口元に当てながらクェムリーヴェスに言う。 一方ゴルダは何事もなかったかのようにウォッカを注ぎ足し、また飲んでいた。 「あらあらあら、そこのも居たの。ただの飲んだくれかと思ったけど、そうでもなさそう」 ウォッカを飲むゴルダに、夢竜はまた飲んだくれなどと馬鹿にするように言いながら近寄り、左手で腹を小突く。 「何がしたい?酒が欲しいなら入れよう、何を飲む?」 腹小突きをそういうニュアンスで汲み取ったのか、酒が飲みたいのならば何がいいと夢竜に聞くゴルダ。 夢竜は少し考えるように顎のあたりに手を置き、沈黙。 「ジントニック」 数十秒沈黙したのち、夢竜はジントニックを所望。 ゴルダは余計なことは何も言わず、ジントニックをそそくさと作って出す。 「ありがとう、でもその動じなさそうな顔はいかがなものかと」 「口の利き方を考えたまえお嬢さん」 夢竜の嫌味ったらしい物言いに、さすがのゴルダもどうなのかと思ったのだろう。 口の利き方を考えろと言ったところ、夢竜は目を怪しげに光らせながら 「そうは言ってもあなた、嫌味言われることを何とも思ってない節があって?」 ゴルダの心を読んできた。 言うまでもなく、この夢竜に嫌味などを言われてもゴルダは何とも思っていない。 なぜかと言うと、ムキになったところでどうしようもないと思っていた節があったからだ。 「どうでもいいことだ、それより名を名乗れ。読めるなら俺の名は名乗らずとも分かるだろ」 どうでもいいことと切り捨て、夢竜に名を名乗れと言い出したゴルダ。 夢竜はまたあらあらあらと呟き、一言。 「ナルファリンシンズ。姓は忘れたわ、私の記憶力も意外とポンコツね」 と名乗り、ジントニックを飲む。 夢竜改めナルファリンシンズは談話室の中を一通り見渡すとソファへ座り、 「あなたもおかけにならない?こちらが座り、そっちが立って話をされるとなんだか嫌なのよね」 遠回しに立って話をされると見下されているようで嫌だと言うナルファリンシンズに、 ゴルダは反論も肯定もせず向かい合うように座る。 ナルファリンシンズはそんなゴルダに一瞬笑いかけると、グラスを置いて自分の爪の手入れを始めた。 どこから爪を手入れする道具を出したのかと思われがちだが、精神世界では自分が欲しいと思ってイメージしたものは 大体具現化して取り出すことができる。 無論、誰もが何でもかんでも出せるわけではなく精神属性への適性によって取り出せるものの種類などが変わる。 ナルファリンシンズレベルの適性であれば、爪の手入れ道具を出すことなど朝飯前。 「ここで爪の手入れはやめていただきたいものだが」 酒を飲む場所で爪の手入れをするなと言うゴルダに、ナルファリンシンズはゴミ箱を出し、その上で爪を削りだす。 ここまでくるとゴルダも言っても無駄だと悟り、葉巻のようなものに火をつけた。 「精神世界で生き始めて何年くらいだ?」 葉巻を吸いながら問うゴルダにナルファリンシンズは爪を削る手を止め、顔を上げるときょとんとした顔で 「さぁ?少なくとも3桁年は経過していると思うわ、精神世界での時の概念は望まないと構築されないのよね。でも、記憶は薄れる薄れる」 覚えているはずがないと言い切り、また爪を手入れしだす。 「そろそろ俺は精神世界から離れるとしよう、いい加減寝る」 「そう、おやすみなさい」 「もう寝るのかい?僕はもう少し居るけど」 寝ると言ってグラスを消し、葉巻を置いたゴルダは談話室を出た。 ゴルダが自身の精神世界に作り出している空間はこの談話室のみで、談話室の外は誰かの精神世界あるいは精神世界からの出口。 なお、ゴルダがこの談話室から出たとしても空間は維持される。 なぜならクェムリーヴェスはこの談話室内でほとんどを過ごしているからだ。 ゴルダが入ってきていないときは勝手に談話室を作り替えたりして使っているようではあるが。 さて、その数時間後。 ゴルダはベッドからいつも通り起き上がり、一通り身支度を済ませると食事当番のため朝食の用意を始める。 半覚醒睡眠という、半分は寝て半分は起きる眠り方をしているゴルダは起床後1秒もかからず行動を開始できるのだが クェムリーヴェスが魂にくっ付いてからはそれもやや難しくなっているのだという。 「意図的に切り替えられないことが欠点だ、この眠り方は」 サラダチキンをほぐしてサラダを作りつつ、ゴルダはナルファリンシンズのことを考える。 彼女が談話室へ入ってきた瞬間、ゴルダは自分の魂にクェムリーヴェスとは別の何かがくっ付いたような感覚を覚えた。 精神世界と魂も、また切っては切り離せない関係である以上致し方ないと言えば致し方ないのだが、魂にまで干渉してくるものはそう多くない。 「おい、起きてるか?」 ゴルダはクェムリーヴェスに声をかける。 すると、クェムリーヴェスとナルファリンシンズが同時に 「どうしたんだい?」 「おはよう、朝早いのね」 と応答してきたのでゴルダは無意識のうちに舌打ちする。 どうやらナルファリンシンズはゴルダの精神世界に居つくようになったようだ。 「今度から同時に話すな、1人ずつでだ。あとお前が俺の精神世界に居座るようになったことはこの際気にしない」 ゴルダはそれだけを言ってまた朝食の用意へ。 その間クェムリーヴェスとナルファリンシンズが何かを話していたが、聞いている限りではゴルダ自身のことのようであった。 「すでに俺の魂を侵食しているのか?まあそれは確定事項だろう。問題はどこまで入って来るかだが」 ミリシェンスが飲む紅茶用に湯を沸かしながら呟いたゴルダに、ナルファリンシンズがふわっと 「そこまで奥まで入り込めそうにないわね、だらだらと精神世界で生きてきたから魂にはくっつけてもそれ以上は」 魂にくっ付くのが精一杯であると断言。 だがその物言いからして、衰えた力を取り戻せれば全てを侵食することもたやすそうだ。 ナルファリンシンズを含めた夢竜の情報が少ない今は、本人から直接聞き出すか調べるほかない。 「それと、夢竜について私に聞いても無駄よ。精神世界で生きすぎて自分がどういう種族なのかすぐには思い出せないから。セイグリッドへ行ったら?」 聞こうとしていたことを読まれていたのか、ナルファリンシンズに自分がどういう種族だったのかすぐには思い出せないのでセイグリッドへ行けと言われた。 幸いにも今日は特に依頼が1つだけなので時間の余裕は十二分にある。 「こういう時に限ってシアから何の反応もないのも気がかりだ。城の図書室へ行くか」 そそくさと朝食を用意したうえで済ませ、ゴルダは依頼へと向かう。 今日の依頼は決して怪しくはない荷物運び。 ただの建築用の機械運びなのだが、依頼主である建築会社のトラックが1台修理のために足りないので軽トラックでもいいから出してくれというものだった。 依頼主との待ち合わせ場所へと向かう途中、車内でゴルダが流す音楽にナルファリンシンズが反応する。 「この曲、確かとある科学の超電磁砲(レールガン)のオープニングよね。意外だわ」 アニメの曲を聴くことを意外だと言い出したナルファリンシンズ。 だがゴルダは運転に集中しているために話は聞いている反応しない。 「こう見えてゴルダは平沢進とかも聞くから侮れないよ」 「平沢進?なんだか聞いたことがあるわね」 自由奔放に会話する2人を差し置き、ゴルダは引き続き運転に集中する。 自分の精神の中でこんなことをされたら集中もへったくれもないのではと思われがちだが、クェムリーヴェスが意図的に仕切りを作っているので問題ない。 仕切りの向こう側の話は聞こえるが、ゴルダの集中を決して邪魔することはないのだ。 「助かったぜ、いつも悪いな」 「危ないブツでなければお安い御用だ、また用があったら呼べ」 その後何事もなく依頼を終わらせたゴルダは、自分の軽トラへ再び乗り込んで一度家へ戻る。 帰路の途中、ゴルダはナルファリンシンズもとい夢竜が持つ精神属性と闇属性への適性に関し自分なりに探りを入れた結果を頭の中で展開。 正直なところ、本来の力を取り戻せばクェムリーヴェスを超えかねないほどの適性はあると見て間違いはない。 また、ゴルダ自身の精神属性耐性も突破されかねないが、ナルファリンシンズが芯まで侵食してくる可能性は現時点では低い。 「いまだシアからの反応なし、静観しているのかはたまた無視しているのか」 運転しながらそんなことを呟いていると、クェムリーヴェスから 「僕が感知した範囲ではシアは静観モードだね。何の意図があって静観しているのかは不明だけど」 シアが静観モードであることを告げられた。 だいたいこういう時に限って静観している場合はこっちから来るのを待っていることが多く、本当の様子見である。 以前ゴルダはなぜ分かってるなら来いと言わないとシアに問いただしたこともあったが、適当にはぐらかされた。 「ひとまず帰ることが先決だ」 ゴルダはそう決断し、アクセルを踏み込んで帰路を急ぐ。 場所は変わり、セイグリッド城図書室。 あの後飛ばしすぎと2人に言われながらも帰り着いたゴルダは家に鍵を放り投げ、座標指定テレポートでセイグリッドへとやって来た。 「泣竜じゃねえ、それはアルガントだ。かといって吸血竜でもない」 火竜族に関する本と比べると多いが他の種族と比べて少ない闇竜族の本棚を調べる。 闇竜族も火竜族と同じく国が消えたと同時にこの世界のあちこちあるいは異界へ散り、シアですらもまだちゃんとこの世界には居るということ以外は把握できていない。 故にまだ国があったころの本が多く、国が消えた後に出た本はほんのわずか。 「『夢竜備忘録』、この本だけか」 ようやく見つけ出した本は、まだ闇竜の国アルヴァスがあったころに書かれたとしか思えないほどに古い本。 奥付の発刊日は大陸歴2800年後半と実に200年近く前の本だ。 こんなにも古い本が状態の良い状態で置かれているのは、アルカトラスがそういった方向にも力を入れている証拠。 「発刊年見てふと思い出したんだけど、大陸歴2800年後半なら私はまだ子供だったわ」 奥付を調べてたゴルダに、ナルファリンシンズがそんなことを言う。 つまりナルファリンシンズの実年齢は200後半か300手前ということになる。 「でも、年ばかり重ねても何の意味もないことはあなたも分かるでしょう?無駄をひたすら積み重ねるだけの生。精神世界での生がまさにそれだった」 「俺と出会ってそれが変わったと?だがそれはただのきっかけだ、本当に変えられるか否かはお前次第」 遠回しにあなたと出会ったことで変われたと言うナルファリンシンズを、本当に変われるかどうかはお前次第だと言い切るゴルダ。 その後、『夢竜備忘録』を読んでいると、頭に紙飛行機でも当たったかのような違和感を感じたかと思いきや 「来て」 シアがただ一言こっちへ来いとだけ告げてきた。 何ともシンプルな呼びつけ方である。 そうしてシアのところへ行くと、寝起きと言わんばかりの顔で出迎えられた。 ゴルダはそれを見るや無言で目の前に座り、シアが覚醒するのを待つ。 やがて覚醒したシアは一旦人の姿でサフィが運んできた朝食を取り、また元の姿へ戻ってから 「ナルファリンシンズと話をさせて」 単刀直入にナルファリンシンズと話をさせろと言ってきた。 これにゴルダは少し考えた後に 「俺の体を借りて出てこれるか?」 ナルファリンシンズに変身能力を用いて出てこれないかと聞く。 それに対して帰ってきたのは、肉球のある大きな手で頭をぱふぱふされたかのような感覚。 肯定の意思表示とみなして間違いないだろう。 「ならば、出てこい。だが俺の意識は2割は最低でも残しておけよ」 そう言った次の瞬間。 急にゴルダの手、そして腕の骨格が変わりだした。 5本指から4本指へ、手は大きく、腕は太く、そして紫に近い青と水色の毛が生えだす。 さらに今までなかった肉球が出現し、爪も伸びる。 次に体自体の骨格が多少縮み、かなり太い尻尾が生えてきたかと思えば女性っぽい骨格に変わる。 ナルファリンシンズはどうやら女性のようである。 体毛が生えそろい、体のあちこちに模様が浮かび上がり、これまた大きな垂れ耳へと変わったところでゴルダもといナルファリンシンズは顔を上げ、自分の耳をかき上げると軽く頭を振るう。 「初めましてかしら?」 クェムリーヴェスと同じ斜めの瞳孔をした目でシアを見つめながら、ゴルダもといナルファリンシンズはお茶を頂戴という仕草をする。 シアは図々しいとも思わず、サフィを呼んで茶を準備させるとナルファリンシンズと共に飲み始めた。 「実際に会うのは初めてかしらね、夢竜たちは皆肉体を捨てて精神世界へ移り住んでしまったから。その理由を知る由もなかった」 茶を飲みながらナルファリンシンズになぜ精神世界へ移り住んだのかを遠回しに問うシア。 それにナルファリンシンズはこう答えた。 「肉体の縛りを捨てるためとでも言えばよいかしら?必要ならば誰かの精神へ入り込んで乗っ取ればいい話」 肉体の縛りを捨てるため。 精神世界に関してはアルカトラスとあまり触れないよう取り決めていたため無頓着に近い状態であったが、これを聞いてふと考えさせられる。 だがたとえ精神世界へ行けたとしても、その姿を自在に変えたりすることが可能なのは精神属性への高い適性があるもののみ。 それ以外のものは姿を変えることなど叶わない。 「でも肉体を捨てて、精神世界へ移り住めるのは限られたものだけ。だから私は新たな生を提供し続ける」 「私はあなたのしていることを否定するつもりなんてなくてよ?神としての仕事を全うできる、素晴らしいことじゃないの」 その言葉に、なぜかシアは救われた気がした。
小説(一次)
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