初夏の雪原にて2015-05-12 Tue 11:52
今年は梅雨をすっ飛ばして初夏が訪れたドランザニア大陸。
しかも、初夏だというのに連日真夏日を記録している最中、リヴァルスだけは違った。 リヴァルスの夏は、1年の中で唯一気温が氷点下以上になる貴重な時期であり、この時期を狙ってリヴァルスは他国との交易を重点的に行ったりする。 そしてゴルダも、今日はドランザニアからの商人の交易の護衛依頼でリヴァルスの雪原を歩いていた。 「これといった脅威の姿なし、まだしばらくは安全そうだ。進んでいいぞ」 双眼鏡で数百メートル先を見、これといった魔物などがいないことを確認したゴルダは交易の一団の歩みを再開させる。 なお、マティルーネは寒いのを嫌がって今日は留守番。 朝早くにリビタール山脈のふもとで一段と合流し、天気が良かったため予定よりも速く昼までに通過しておきたいポイントを通過。 このままいけば日没前にはリヴァルスの王都までたどり着けるといったところだ。 「少し休みませんか?ゴルダさん、竜の状態や荷物の確認をしたい」 「そうだな、もう少し行ったところで一旦休憩しよう」 商人の1人に休憩しないかと言われ、ゴルダはそうだなと二つ返事を返してもう少し行ったところで休憩することに。 この速さで行ければ、1時間ほど休憩しても問題はない移動距離だったからこそ休憩を決定したのだ。 「よし、ここで1時間ほど休憩する。今のうちに荷物のチェックや竜の状態を調べておけ。竜に何か異常があれば俺に言え」 そう言って、ゴルダは一団から少し離れたところで煙草のようなものを吸いながらこのまま進んでもいいのかを確認する。 だが、今いる場所ははるか遠くに森が見える程度の大雪原。 ゴルダ程度の視力があればある程度は脅威があれば見つけられるのだが、それっぽいものは何もない。 「大丈夫そうだな」 一応この先も安全であることを確認し、一団のところへ戻ろうとしたゴルダ。 しかし、その途中で右足が何か雪ではない柔らかいものを踏んづけた。 「何だ?」 腰の剣に手をかけ、警戒しながら右足をそっとどかすゴルダ。 すると、そこにはゴルダの頭に程よく乗っかかりそうな水色の毛の狐がこちらを何踏んづけてんだよという顔で見ていた。 ゴルダはこれにふうむと興味深そうに顎に手を当てつつしゃがみ、その狐をまじまじと観察しようとしたが、その狐はゴルダに後ろ足で雪をぶっかけると雪の中を掘ってどこかへ行ってしまう。 「ただの狐ではなさそうだが、ただの狐ではない…とすると氷狐しか考えられんな」 ゴルダの頭に、氷狐という魔狐の一種が浮かんだ。 氷狐とは、その名の通り水と氷の属性を司る魔狐でリヴァルスにしか住んでいない。 しかも、その姿を見た者はおらず生態も分かってないらしく、1つだけある者が間違えて踏んづけて氷付にされたという逸話が残っているくらいだ。 「また会えるかどうかも分からん以上、惜しいことをしたな」 惜しいことをしたなと思いつつ、ゴルダはまた交易商人の一団を王都まで護衛する仕事に戻る。 その後は何事もなく護衛を終え、氷麟を呼んで帰路に就くゴルダ。 「ここは涼しいね」 「今氷点下1度だからな、そりゃドランザニアの30度よりは涼しいだろうよ」 のそのそと氷麟を歩かせつつ、他愛もない雑談を交わすゴルダ。 時間的にはまだ日の入りには早い時間だが、日が傾いて辺りは薄暗くなっている。 一応ゴルダも氷麟も夜でもある程度見えるので急いでいないのだ。 そしてそれから数分移動した時だった 「ぶっ」 ゴルダの顔に何かが飛びついて引っ掻いてきたのだ。 その何かを、ゴルダは淡々と引っぺがし、その正体が分かった途端 「お前、昼の奴か?」 昼の奴かとその何かに聞く。 昼の奴とは誰なのか? それは紛れもなくゴルダが間違って踏んづけた氷狐である。 どうやらずっと後を付けていたようで、仕返しする隙を狙っていたようだ。 「なんか言ったらどう…って無理か」 なぜゴルダが無理かと言ったのかというのは、氷狐が使っているであろう言語がそもそも不明なので理解しようにもできなかったからだ。 すると氷狐はゴルダの腕に噛みついてきたが、あっさり振りほどかれると、氷麟の背の上に座ってゴルダの目をじっと見る。 どうやら、向こうも何を言っているのかが理解できていないらしく意思を介して話をしようとしているようだ。 「久々に人間に会ったと思ったらまさか踏んづけられるとは…」 「大丈夫か診てやろうとしたらお前は逃げただろうが」 久々に人間に会ったと思ったら踏まれるとは思わなかったなどとくどくど言い始めた氷狐に、ゴルダは大丈夫か診てやろうとしたら逃げただろと指摘。 すると氷狐はうぐぐという顔をすると分が悪そうに後ろ足で顔を掻くと 「そっちが武器抜こうとし…ああもういいいや、こんな話しててもつまんないや。やめやめ」 ゴルダが武器を抜こうとしていたからだと言いかけたところでこんな話はやめようと言い出す。 それを聞いてゴルダは構わんがと返し 「ところで氷狐にも名はあるだろ?よければ」 名を教えてくれんかと言ったところ、氷狐は 「メーヴィエル=ルライスさ、そっちの名はゴルダで当たってる?」 メーヴィエルと名を名乗ったばかりか、ゴルダの名を言い当ててきたのである。 だがしかし、ゴルダは特に驚く様子もなく 「俺の名を言い当てるとはな、たまげたな」 たまげたなとだけ言ってメーヴィエルを撫でる。 だが、メーヴィエルは撫でられた瞬間に頭を横に振ってその手を払う。 「触られるのは嫌いか?」 渋い顔をしているメーヴィエルにゴルダが聞くと、メーヴィエルはそうだよと言って氷麟の背からひょいと降りると 「んじゃね、近かれ遠かれまた会うかもね」 んじゃと言って夜の雪原の中へ消えてしまった。 「何がなんやら」 メーヴィエルが消えた方を見ながら、ゴルダはそう呟いた。 なお、どういうわけだかこれ以降メーヴィエルが家に勝手に遊びに来るようになったという。
小説(一次)
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